とりあえず曲の一般的な説明は、Wikipediaに任せるとして・・・

Wikipedia - スキタイ組曲

そもそも「アラとロリー」って、どんな話なんだろう? と思って調べ始めると、これがなかなか一筋縄では行かないのです。

まず、スキタイ人について。
彼らは紀元前に黒海沿岸~ウクライナにかけて活動していた騎馬民族ですが、文字を持っていませんでした。
従ってスキタイ人自らが記録した神話とか物語の類は存在していません。

スキタイ人についての記述は、ギリシャの歴史家、ヘロドトスの筆によります。
ヘロドトスの著書「歴史」の第4巻にスキタイ人についての記述があります。
こちらもWikipediaに抜粋されているので、そちらのリンクを。

Wikipedia - スキタイ : 宗教

神々に犠牲をささげると言う点では、「アラとロリー」の内容と一致しているのですが、太陽神ヴェレスの名前はどこにも見当たりません。
一応、「歴史」の巻4は読んでみたのですが、「アラとロリー」の元となりそうは話はどこにも見つかりませんでした。
(参考文献:岩波文庫 ヘロドトス 歴史 松平千秋訳)


もうひとつ、一般的に「スキタイ神話の系譜」とされているものに、「ナルト叙事詩(英語名:Nart saga)」なるものが存在します。
これは、スキタイ人の末裔と考えられていた、コーカサス山脈に住むオセット人の間で口承されていた神話です。

Wikipedia - ナルト叙事詩

こちらは、味気の無いヘロドトスの「歴史」と違って、神々と英雄たちが織り成す一大叙事詩となっています。
物語の中心となるナルト族は巨人の一族で、ギリシャ神話のヘラクレスを思わせる、「ソスラン」や「バトラズ」と言った英雄たちが活躍します。
「アラとロリー」の英雄「ロリー」も巨人族と言う設定があることを考えると、ソースは「ナルト叙事詩」である可能性が大きくなって来ます。

そもそもオセット人が住むのはロシアの領域です。
「ナルト叙事詩」は19世紀になってやっと採録され、文字として広く知られるようになっています。
時期的に、プロコフィエフが題材として取り上げるには最適だったと思われます。
また、この時期、古代スキタイ王の墳墓の発掘調査などもロシアを中心に行われています。

余談ですが、「ロシアのグリム」と称えられるアファナーシエフが「ロシア民話集」を採録したのも同じ19世紀。
そもそもロシアに文字が入ってきたのはキリスト教の時代からです。
ひとたびキリスト教に染まってしまうと、それまで信仰していた神々は悪魔や異教神となってしまいます。
そんな訳で古代ロシアの神話なんかも文字としては残っておらず口承となっていました。
ルネッサンス期のイタリアでギリシャ・ローマ文化の復興が行われたように、この時期、ロシアでも自らのルーツを知ろうとする動きが活発化したようです。

アファナーシエフの「ロシア民話集」に収められている話としては、「火の鳥」「不死のカスチェイ」「バーバー・ヤガー」などが、クラシックファンにはお馴染みでしょう。
そして、ストラヴィンスキーが「火の鳥」を書いたのも、こうした背景があってのことでしょう。

もうひとつ余談ですが、「アラとロリー」の筋書きを書いたのは、ゴロデツキーと言うロシアの詩人です。
この人は「アクメイズム」と言う詩の世界でのモダニズム運動を推進していました。
当時の詩の世界で主流であった象徴主義・神秘主義に反発して、「アクメイズム」は現実的で力強い詩風を目指していました。
ゴロデツキー自身はロシアの神話をモチーフにした詩を多く書いており、「アラとロリー」は彼向きの題材でした。
ゴロデツキーはプロコフィエフの7歳年上ですが、そういう意味では「アラとロリー」は、音楽と文学の世界で若い前衛芸術家がタッグを組んで既成の音楽界に殴り込みを掛けたと言ってもよさそうです。
(実際、アラとロリーが初演された時の反応はまさにこんな感じでした!)

 

で、肝心の「ナルト叙事詩」ですが、これが日本語の資料が圧倒的に不足しています。
すぐに読めそうなのは下の2冊くらい。

・世界の神話101  吉田 敦彦
・アーサー王伝説の起源―スキタイからキャメロットへ  C.スコット リトルトン+リンダ・A. マルカー (著) 辺見 葉子+吉田 瑞穂 (翻訳)

前者は英雄「ソスラン」の話がちょこっと。後者は英雄「バトラズ」の話が中心。
アラもロリーもヴェレスもまだ見つかっていません。

 

これについては、引き続き調べるとして・・・もうひとつ気になることが。

「邪神チェジボーグ」って何だ!

ロシアには、チェルノボーグ(Чернобог)と言う神が居ます。
これは「チェルノ(Черно)」(黒き)+「ボーグ(бог)」(神)で、文字通り死神・冥府の神として扱われています。
(ディズニーや某ゲームや某小説にも登場しているようなので、一部の方はご存知かも)

じゃ、チェジボーグ(Чужбог)は?
「ボーグ(бог)」は神って言う意味なので、「チェジ(Чуж)」ですが、これは「よその」とか「無縁の」といった意味の接頭語のようです。
また、フランス語表記では、チェジボーグの部分は、「Le dieu ennemi 」となっています。
これは、「the enemy god」で、「敵対的な神」ですね。
これを意訳して「異教の神」「邪教の神」「邪神」って感じでしょうか。

あれ?じゃあチェジボーグって固有名詞じゃなくて一般名詞なんじゃ・・・邪神チェジボーグって書き方おかしくね?
これだとチェジボーグって言う名前の邪神がスキタイ神話に登場するように錯覚してしまいますね。
とりあえずこいつはスキタイ(ナルト叙事詩)とは関係ないってことで間違いなさそう。